ウガミンショーレー

鹿児島県・奄美大島
人口およそ4万5千人のこの島は珊瑚礁に囲まれた静かな島
かつて(日本の時代で室町末期から戦国時代)琉球王朝支配下に置かれ、
その後300年近く薩摩藩の統治下にあった島


奄美で古くから唄い継がれているシマウタ
そのシマウタを唄う人のことを「ウタシャ」という
今日、この松山の地で、奄美のシマウタの第一人者・朝崎郁恵さんのコンサートが行われた。
西日本に住む人なら一度は彼女の声を耳にしたことがあるかもしれない。
2004年NTT西日本のCMで彼女の歌声は広く知られたことだろう。
僕が彼女を知ったきっかけは2001年にBSで放送された音楽特番
二十一世紀の音霊」のUAの特集で、彼女のルーツ・奄美でシマウタを唄う姿を見たことだったと思う。
彼女の歌い方は独特で、奄美のシマウタもなかなか習得できる歌ではない。
音が普通の譜にない音階で、普段歌う音とは違うからだ。
薩摩に統治されていたころの歌は特に難しい。悲しい歌も多い。
当時の苦しい生活を強いられた人たちの呻き声が音になっている。


昨日はシマウタだけでなく戦争に由来する曲も歌われた。
嘉義丸のうた』  昭和18年5月26日奄美大島沖でアメリカの魚雷で撃沈された貨客船「嘉義丸」
故郷に帰る親子連れなどを乗せ大阪を出港し、沖縄に向かう途中で戦火に巻き込まれ321人の犠牲者を出した。
その嘉義丸の生存者から話を聞き、心を痛めた朝崎郁恵さんの父が作ったのがこの鎮魂歌
『散りゆく花はまた咲くに  ときと時節が来るならば  死に逝く人は帰り来ず  浮き世のうちが花なのよ』
彼女の持つ声のパワーは計り知れないものがあり、10番まであるこの歌じゅう自然と涙が溢れていた。
平和  誰もがそれを願い、また実際にそうでなければならない。
たとえば一日に一瞬、寝る前にでもいい。一年に一度でも。まずは今日だけでもいい。
戦争のこともあまりよく知らないけれど、亡くなった人びとを悼み、平和を想って欲しい。
平和主義の活動とか、伝道したり、そんな重苦しい感じは受けないで、
ただ素直に、自分の家族を思うように、歌を唄うように。



ライブは切なくなる曲だけでなく楽しい歌ももちろんあり、アンコールでは会場にいた殆どの人が
立って拍手をしたり踊ったりで盛り上がり、南のシマのようになった。
会場は海のすぐ傍で、というよりもはや海の一部?海の家のようなカフェだったので
波の音も絶え間なく聞こえ、雰囲気を一層よくしてくれた。


ライブが終わったあとは、なんか、満たされて。
言葉がしばらく出てこなくて。
松山、もっと好きになったし。もちゃんと両方あって、暖かくて。
朝崎さんも島に帰ってきたようだと言ってはったし。
最高の一夜だった (^ε^)♪
アリゲテサマリョウタ、朝崎さん!!そして自分の周りのすべての人・ものたち!!